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土方歳三見参
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Posted by - 2019.05.27,Mon
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Posted by Toshizou Hijikata - 2010.02.18,Thu


 知り合いに、日本聖公会の神学教育に関して少し知っている人物がいるので、今朝、電話で少し話を聞かせて貰った。東京にある神学院は3年間だそうだ。それを聞いて驚いた拙者を見て、知り合いが笑っていた。拙者達の神学校とは教育年限が半分だ。大卒で入学しても、その実力では3年に編入できないケースもあったという。とりあえず、英語能力と作文能力が極めて重要な選抜基準になっていると聞いている。そして3年間で、聖書神学・歴史神学・組織神学・実践神学を履修するそうなのだが、はっきり言って3年では無理だ。

 講義に出席するだけで、自分で参考文献を熟読する時間がなさ過ぎる。基本的な聖書神学の文献を読むだけでも、時間がなさ過ぎるし、一日の睡眠時間を6時間にしても、半分も読めないだろう。そうした時間を確保するという理由で、拙者の神学校では留年するのが流行った時代があったそうだ。知り合いもそれで留年している。神学校としては早く卒業させたいのだが、本人が必要な単位を履修していなければ、留年させざるを得ないし、教授達もそれを理解していたそうだ。

 神学が教会の聖職にとって不可欠なのは、礼拝の中で説教するからだ。説教は、「いいお話」であってはならない。聖書の御言葉を解き明かすことでなければならないのだが、それをするためには、前記の4つの神学をかなり綿密に訓練を受けなければならない。そして、そうした神学的訓練を受けるためには、哲学や言語学の素養も必要になってくる。そして、哲学や言語学はかなり時間が掛かる。そうした文献を指示されて、それを読破するだけの能力がなければ、神学が出来るはずもない。

 日本聖公会はいつの頃からか、そうした視点を欠いてしまったのだろう。日本聖公会のある年輩の聖職者が、1990年代になってブルトマンの『イエス』を読み始め、その時に「読んだことがあるか」と尋ねられ、知り合いは心底驚いたという。知り合いは1970年頃に読んでいたし、いまでも本箱のどこかにあると言っていた。そして、重大な情報を教えてくれた。神学校の図書館の書庫に何回も入ったことがあるそうなのだが、本を棚から出して開き、貸し出し表を見ると、お二人の方の名前しかないものが圧倒的に多かったそうだ。現在はかなり年輩になっていらっしゃる聖職者の方々だそうだが、「ただただ唖然とした」と言っていた。知り合いは、非常にラッキーな人で、拙者達の神学校の図書館長の奥さんが知り合いの幼稚園の先生だったということもあり、2年生の頃から、書庫への入室が許可されていた。夜まで書庫に籠もっていて、書庫の入り口の扉を閉められそうになったことがあったと言っていた。同じようなことは、拙者達の神学校では時々あったようだ。
 

 

 

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Posted by Toshizou Hijikata - 2010.02.07,Sun


 TERAさんのブログのコメントが禁止されたので、近藤さんのIDとパスワードを聞き出そうとした者が、TERAさんのブログに何かを書き込んだのだろうか。そして、TERAさんから近藤さんにメールアドレスが送られて、近藤さんと話をしたのだろうか。近藤さんの携帯に電話が通じないので、まったく判らないが、それにしても愚かなことをしたものだ。しかし、何故近藤さんだけが狙われたのだろう。新撰組局長という肩書きに惹かれたのだろうか。それぞれ、大勢がブログを書いているが、内容的に見て近藤さんだけが突出した情報収集力を持っているとは思えない。

 まぁ、あとは近藤さんが最善の道を付けるだろう。当然、司法的な取引が行われるだろうな。「被害届を警察に出さない代わりに、日本聖公会京都教区の性的虐待事案に関する情報をすべて横流しするということは序の口で、序二段、三段目と上がり、十両になったら関取だから、それらしいスパイ行為をさせるだろうな。こんなことは、組織に対して何かをしようとすれば当然考えることだ。何も特別なことではない。金品を要求したら問題になるが、スパイ行為をさせても、法的に処罰できるかどうか。

 そして、日本聖公会京都教区がこのことに気が付いて、不正アクセスした人物をパージしたら、それこそ大成功だ。その人物は内部情報をかなり知っているだろうからな。いくらでも聞き出すことが出来る。だからといって、そのまま内部情報を知ることの出来る立場に置かせたら、第二・第三の情報漏れが起きてくるのは間違いない。

 あるいは、上から圧力をかければかけるほど、末端から漏れ出す可能性が高くなる。日本聖公会京都教区にとっては、「痛し痒し」といったところだろう。しかし、これまで散々、日本聖公会京都教区は悪態を吐いてきたのだから、自業自得だ。内部で信頼関係が崩れ始めるだろう。近藤さんのことだ、それを交わす方法を伝授することを忘れるはずもない。日本聖公会京都教区の内部で、疑心暗鬼が生じてくることは間違いない。痕は、近藤さんの腕一つだ。そして、日本聖公会京都教区が崩壊し、主教や関係した常置委員にはレッドカードが出される。


Posted by Toshizou Hijikata - 2010.02.03,Wed

 久しぶりにここに書くことにしたのは、転送されてくるメールを読んでいると、日本聖公会自身もどこかが狂っているとしか思えない。管区は上告されている小審判廷に関して、何の報告もしていないようだが、日本聖公会もカルトなのか。聖職者の性的虐待事案に関しては、ひた隠しに隠そうとしているのか。それとも、影で大きな力が働いているのか。

 日本のキリスト教界の中では、影の力がものすごく大きいと聞いている。拙者もそうしたことを何回も耳にしてきた。聖職者が自分の過ちを隠すために、それを知っている人間を排除したり、悪口を垂れ流したりしている。あるいは、自分の経歴に関して知られることを恐れるあまりに、なかったことをあった課のように触れ回っているのもいる。それも、キリスト教界の情報網に名前が出てくるような人物が多い。

 そもそも、日本のプロテスタント教会では、聖職者の守秘義務ということなど、ほとんど理解されていないのだろう。拙者の知り合いの男で、ある聖職者がいるが、出鱈目の情報を流したのがいる。これに関しては、名誉毀損で来年あたり訴訟を起こすと言っていた。提訴される方は、誰もが知っている名前のキリスト教関連企業の幹部だ。要求するのは金ではない。謝罪広告を業界紙に載せろということだと聞いている。

 日本聖公会にもそうした事案が方々にあるらしいな。その中には、個人情報を聖職者が平気で口にした事案もあるらしい。自分の個人情報が漏れないためには、他人を蹴落としても構わないと考えている上級聖職者がいる。これは、拙者もよく知っている人物だ。そして、その被害者は拙者の知り合いだということが、拙者にこれを書かせている。彼はそのことに関して明るみに出ることはないと、いまは思っているだろう。周囲でそれを知っている人物はほとんどいないだろうからな。しかし、「蛇の道は蛇」なのだ。そんなことはどこからでも情報が入ってくる。とりあえず、彼にやって貰いたいことがあるので、これからが楽しみだ。

 近藤さんのブログを読んだが、やはり出てきたようだな、愚か者が。そこまでして、近藤さんがどこの誰かを確かめたかったのか。それとも、あのブログを消してしまおうとしたのか。テラさんは、おとなしい人のようだから、ブログで「神様のお導きがございますように」と祈っていらっしゃるが、あのIDとパスを不正入手しようとした人物は早く名乗り出た方がいい。確かに未遂ではあったが、刑事事件にはかわりはない。あとは、近藤さんがどう対処するかということだけだ。万が一、若い学生だったら、最低でも停学処分、最悪の場合は除籍処分になる。

Posted by Toshizou Hijikata - 2009.12.30,Wed

赤信号、みんなで渡れば怖くない


 近藤さんと電話で話をしたが、やはり日本聖公会京都教区は最悪の状況にあるようだ。性的虐待の加害司祭を擁護するために、被害者の女性に対して虚言癖があると口にした司祭は、「時効」が完成しているという審判だったのだが、あまりにもお粗末なことだと思う。性的虐待の被害にあった女性に虚言癖があるという専門医の精神鑑定があるわけでもなく、それを公言したのだから、本人が謝罪し、反省するまで、日本聖公会法憲法規の規定では「時効」は開始していない。そもそも、あの時効に関する規定自体が非常に曖昧なことが問題なのだが、それにしても、彼らは時効の起算日をいつにしたのだろう。

 これから、管区の小審判廷が行われるのだろうが、あの時効に関する判断を管区小審判廷がどのように考えるかが見物だ。前回の小審判廷の審判員がもう一度審判して欲しいと願っているが、そうなれば、日本聖公会京都教区の審判廷のあり方そのものを問うことになるだろう。管区小審判廷の差し戻し審判の内容をまったく無視した審判が下されているのだから、当然のことだろう。

 問題は、やはり、時効の起算日だ。あの重大な過ちに関して、まったく反省せず、謝罪していないのだから、彼らの加害行為は継続していると考えるのが妥当だろう。つまり、時効は開始していないという判断だ。これは、あの法憲法規の時効に関する規定からも正しい判断であろうと考えられる。それは、あの法憲法規は日本聖公会の教会法であり、そうした教会法の根底には聖書の御言葉があるのだから、それを考えれば「時効」はまだ開始していないということはすぐに判る。

 外野席からの発言のようで申し訳ないが、管区小審判邸がどういう審判を下すか、拙者は非常に興味を持っている。さよならホームランを打ったバッターが、意気揚々とホームベースに入った直後に、打者がファーストベースを踏んでいないと主審に申し立てたようなものだ。さぁ、主審はどのように判断するか。野球をご存じの方は、よく知っていらっしゃるだろうと思う。ただ、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」ということにならなければいいと思う。

Posted by Toshizou Hijikata - 2009.11.07,Sat


 結局、日本聖公会京都教区には、女児に対する性的虐待を続けていた司祭を処罰する気がないのだろう。ここまで差し戻し審を引き延ばしているのだから、そうとしか考えられない。そして、加害司祭の脱会宣言を「あぁそうでしたか」ということで容認してしまっている。しかし、加害司祭が性的虐待行為をしていたのは、彼が歴とした日本聖公会京都教区の現職の牧師(教会に仕えている司祭)であったのだから、脱会したからといって、審判邸を回避できるものではない。

 そして、加害司祭が審判廷に出廷しようがしまいが、彼を審判することは十分に可能であり、日本聖公会京都教区はその審判内容を、教会の内外に文書で告知すべきだろう。脱会したとしても、彼が受けた司祭按手をひていすることはできないが、しかし、少なくとも日本聖公会京都教区としては加害司祭の職務執行を停止しているということを、対外的に宣言することは可能だ。何故早くそれをしようとしないのか。常識的に考えれば、それが一番楽な道であるはずであるのに、何故それをしようとしないのだ。

 女児に対する性的虐待行為に、神学的議論は必要ない。そして、その性的虐待行為は確実に行われたことを、京都教区の審判廷の審判長である主教は、既に文書でそれを認めているのだから、審理や手続きは極めて簡単なことではないのだろうか。問題は、加害司祭を法廷で弁護した代理人に関する問題だ。日本の法律上は問題はないのだが、教会法に違反しているという申立が行われているのだから、こちらはしっかりと神学議論が為されなければならない。

 代理人は弁護士として当然のことをしただけのことなのだが、それが信仰者の在り方として正しかったかどうかが問われなければならないのだが、これは極めて重大な神学的検証を問われるだろう。日本の教会は、過去の大戦において出生した教会員が、上官の命令によって行った戦闘行為の責任を教会の中で問うてきたかどうか。拙者が知る範囲では、そうした議論は一切為されていなかったように思える。代理人が、「その職務を行ったに過ぎない」と答えられたとしたら、教会はその代理人を処罰できるかどうか。

 日本聖公会はこれまでにも、こうした現実的な、そして重大な問題を回避してきた。日本聖公会の中だけでなく、日本のキリスト教界の中では非常に有名だった人物が、あの文鮮明氏を擁護する本を出版したときにも、日本聖公会は沈黙し続けていた。そして、その本の存在すら知らない若い聖職者達が出てきているという。そして、あの問題はタブーとされているということも聞いたことがある。

 日本聖公会には、こうしたタブーがかなりあるという人もいる。そして、そのタブーの影には、手術を受けなければならないほど、虐待された人物もいるという。関係教区は手術後の診断書さえ無視したらしい。古い友人が電話をくれたことがあった。「なんで聖公会なんかに首を突っ込むのか。あそこはもう、どうしようもない教会なんだ」と言っていた。しかし、こう答えておいた。「被害者とそのご家族を孤立化することは赦されないだろう。無理が通れば道理が引っ込むという事態を放置しておいて、福音など語りようがない。」

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